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東京ゴルフ倶楽部
林間コース。自然に流れるゆるやかな起伏は、そのまま大きな戦略要素となっている。加えて深いバンカー・砲台グリーンとごまかしのショットは一切通用しない。アウトでは5番がグリーン右手前に池。6番は左、9番が右ドッグレッグの難ホール。インは11番が砲台グリーン、13番がS字のロング、14番はグリーン前が全てバンカーとそれぞれに趣があって面白い。
〒350-1335 埼玉県狭山市柏原1984
TEL:042-953-9111
関越自動車道/川越ICより12km
大正2年12月創立
大谷 光明
18H PAR72
72.9
6,904yard
あり
当倶楽部は大正2年(1913年)井上準之助、樺山愛輔、串田万歳、ほか30名の方々が発起人となって設立され、大正3年(1914年)に、東京・駒沢に(現在の駒沢オリンピック公園)に最初の9ホールをオープンし、後、18ホールが完成いたしました。 当倶楽部創立当時は、神戸の六甲、横浜の根岸等に、外国人を中心としたゴルフ倶楽部があっただけで、日本人によって出来た日本最初のゴルフ倶楽部であります。このような経緯から、当倶楽部はわが国ゴルフ界の草分けであり、ゴルフ規則の制定に始まり、日本ゴルフ協会、日本プロゴルフ協会等の設立に尽力された方々を多く輩出しており、当倶楽部の歴史が日本のゴルフ史と言われる所以であります。その後駒沢コースでは、土地が借地であったことなど、諸般の事情で昭和5年(1930年)埼玉・朝霞に移転を決め、その機会にコースならびに諸施設の一層の充実を図ることになりました。
英国より有名なゴルフ場設計家アリソン氏を招聘してコースの建設に着手し、2年後の昭和7年(1932年)コースとクラブハウスが完成致しました。ところが残念なことに朝霞コースは、昭和15年(1940年)陸軍省から買い上げの交渉があり、国家の要請に応じ、譲渡することとなりました。新たに付近にコースの候補地を捜していたところ、新コースを建設中の秩父カントリー倶楽部と合併の話が起こり、順調に推移して昭和16年(1941年)現在の埼玉・狭山に移転しました。その後、戦争、進駐軍による接収などの困難な時代を経て、昭和28年(1953年)全面的な自主運営となり、昭和30年(1955年)に社団法人に改組発足したのが現在の当倶楽部です。現在の狭山コースは当時会員であった大谷光明氏設計で、朝霞コースを模写したホールもあります。何度かの改造をへて、現在のコースとなっております。倶楽部ハウスは創立50周年記念の一貫として昭和38年(1963年)にレーモンド氏の設計により建築されたものです。